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御坊簡易裁判所 昭和37年(ろ)30号 判決 1963年5月06日

被告人 松岡修

昭五・八・二八生 自動車運転者

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、

「被告人は、昭和三七年八月二九日午後二時頃和歌山県公安委員会が道路標識によつて警笛吹鳴区間と指定した、橋本市慶賀野四〇番地先の右標識設置場所から同市柱本九九八番地先の右標識設置場所(大阪府との境界)までの間の、見とおしのきかない道路のまがりかどである同市慶賀野四二番地先道路において、前方の道路標識の表示に注意し警音器を鳴らすべき場所であることを確認して運転すべき義務を怠り、同所が右警音器吹鳴区間であることに気付かず警笛を吹鳴しないで自動三輪車を運転したものである。」

というのである。

そこで審案するに、

第一、被告人の当公廷の供述、証人日向保男、同坂口正次に対する当裁判所の各尋問調書、当裁判所の検証調書によれば、

(一)  被告人は、昭和三七年八月二九日大阪府方面から和歌山県橋本市内に向う途中、同市柱本の大阪府との境界(以下(イ)点という。)を通過し、同日午後二時頃同市慶賀野四二番地先の陸橋下(以下(ロ)点という。)から同番地先北方のまがりかど(以下(ハ)点という。)まで二二、二メートルの間、警音器を鳴らさないで自動三輪車を運転したこと。

(二)  右(イ)(ロ)(ハ)点および右(ハ)点から橋本市内に向い三四メートル南方の地点(以下(ニ)点という。)、右(ニ)点から五七メートル南方の地点(以下(ホ)点という。)は、いづれも和歌山県県道橋本長野線の一部であつて、右(ハ)点と(ニ)点は、いづれも見とおしのきかない道路のまがりかどであること。

(三)  本件当時(昭和三七年八月二九日)右(イ)点から(ホ)点にいたるまでの間には「警笛区間」を表示する道路標識が設置されていなかつたこと。

(四)  その当時右の道路の(ロ)点から(ハ)点までの間には、(ロ)点から一三、七メートルの地点の道路の西端から一、五メートル西方((イ)点から進行すれば道路の右側の路端から右方、以下(ヘ)点という。)に北面((イ)点からの進行方向に対面)し、(ホ)点の北方約一〇メートルの道路の西端((ホ)点から(ニ)点)への進行方向の左側の路端(以下(ト)点という。)に南面((ニ)点への進行方向に対面)し、それぞれ「警笛鳴らせ」を表示する道路標識が設置されていたこと。

(五)  前項の各道路標識は、道路交通法が施行された昭和三五年一二月二〇日以前から和歌山県公安委員会により設置されていた道路標識であること。

(六)  被告人は第(一)記載のように車両を運転するにあたつて、(ヘ)点の道路標識に気付かなかつたこと。

がそれぞれ認められる。

証人日向保男に対する当裁判所の尋問調書によると、昭和三七年八月頃右(イ)点には「警笛鳴らせ」の道路標識が北面して設置されていた旨の記載があるが、

(1)  被告人の当公廷の供述

(2)  第(三)第(五)記載の各事実

(3)  昭和三五年和歌山県公安委員会規則第二三号和歌山県道路交通法施行細則付則第二項により昭和三五年一二月二〇日廃止された、昭和二九年同公安委員会規則第六号和歌山県道路交通取締規則(昭和三四年同公安委員会規則第一号により改正)第六条の二別表第五によれば、同公安委員会により警笛を鳴らさなければならない場所として、県道橋本長野線のうち橋本市慶賀野四〇番地先および同所四二番地先の「警笛鳴らせ」の道路標識を設置してある場所を指定されているが、右(イ)点に相当する同市柱本の大阪府との境界が警笛を鳴らさなければならない場所と指定されていないこと。

(4)  当裁判所の検証調書、和歌山地方法務局橋本出張所長鍋島肇作成の土地台帳附属地図写によると、右(ヘ)点と(ト)点はそれぞれ同市慶賀野四二番地先と同所四〇番地先(右土地台帳附属地図写によると、同所四〇番地は右県道橋本長野線に接せず相当離れた位置にあることが認められるが、公安委員会が警笛を鳴らさなければならない場所を何番地先の「警笛鳴らせ」の道路標識を設置してある場所と指定した場所、その指定は右の何番地が道路に接していなくとも右道路標識の設置場所を特定するに足る地番、町名等を表示すれば足るものと解されるし、右(ヘ)点(ト)点との間には見とおしのきかない道路のまがりかどが二ヶ所あることは第(二)第(四)記載の事実によつて認められるから、右、(ト)点に設置されていた「警笛鳴らせ」の道路標識は、右和歌山県道路交通取締規則により適法に設置された道路標識であると解される。)に該当する位置である事実を総合すると、その当時右(イ)点に「警笛鳴らせ」の道路標識が北面して設置されていたとは認められないのである。

第二、昭和三五年和歌山県公安委員会規則第二三号和歌山県道路交通法施行細則第四条、同年同公安委員会告示第四二号六別表第六によれば、和歌山県公安委員会は昭和三五年一二月二〇日県道橋本長野線のうち、橋本市慶賀野四〇番地先の「警笛鳴らせ」の道路標識を設置してある場所から同市柱本九九八番地先の右道路標識の設置してある場所(大阪府との境界)までの間を、警音器を鳴らさなければならない区間として指定する旨告示されているが、道路交通法第九条第三項、昭和三八年総理府建設省令第一号による改正前の昭和三五年総理府建設省令第三号道路標識、区画線及び道路標示に関する命令第二条別表第一第三条別表第二によれば、都道府県公安委員会の指定する警音器を鳴らさなければならない区間(以下警笛区間という。)の指定には、その区間の前面及び区間内の必要な地点における左側の路端に「警笛区間」を表示する右命令別表第二警笛区間(番号三三五)の様式の道路標識を設置し、右公安委員会が指定する警笛を鳴らせる場所(以下警笛場所という。)の指定には、その場所の前面の路端に「警笛鳴らせ」を表示する右命令別表第二警笛鳴らせ(番号三三四)の道路標識を設置しなければならないのであつて、右警笛区間と警笛場所とは明らかに区別されているところである。

すなわち、道路交通法第五四条第一項第二号第九条第二項道路交通法施行令第七条によると、山地部の道路その他曲折が多い道路について、都道府県公安委員会が前段に示す「警笛区間」を表示する道路標識をその区間の前面に設置して警笛区間を指定したときは、車両(自転車以外の軽車両を除く)又は路面電車(以下車両等という。)の運転者は、その区間における左右の見とおしのきかない交差点、見とおしのきかない道路のまがりかど、又は見とおしのきかない上り坂の頂上を通行しようとするときは、その場所に「警笛区間」を表示する道路標識の有無にかかわらず警音器を鳴らさなければならないものと解されるのである。もつとも、右命令別表第一によると、警笛区間内の必要な地点に「警笛区間」を表示する道路標識を設置するように規定せられているが、その必要な地点とは、右区間のなかで警笛を鳴らさなければならない場所が相当離れているような場合、運転者に右場所が警笛区間内であることを認識させるために必要な地点をいうものであつて、前段に示したように、右の必要な地点には「警笛区間」を表示する道路標識を設置すべく、「警笛鳴らせ」を表示する道路標識を設置すべきでないと解されるのである。なんとなれば、車両等の運転者は、法令の規定により警音器を鳴らさなければならないとされている場合を除き、警音器を鳴らしてはならない(ただし危険を防止するためやむを得ないときは、この限りでない。)のであるから、警笛区間内の警笛を鳴らすべき場所に「警笛鳴らせ」を表示する道路標識を設置するときは、右の運転者はその区間が警笛区間であるかどうかについてその判断を誤り、道路における危険の防止、その他交通の安全と円滑を阻害することがあると解されるからである。

第三、本件当時右(ヘ)点、(ト)点に存在した「警笛鳴らせ」の道路標識について考えると、右道路標識は、昭和三八年総理府建設省令第一号による改正前の道路標識、区画線及び道路標示に関する命令付則第三項第四号、道路標識令(昭和二五年総理府建設省令第一号、昭和三五年一二月二〇日廃止)により、右命令の道路標識とみなされるところ、前示のように右(ヘ)点は和歌山県公安委員会により昭和三五年一二月二〇日まで警笛場所と指定されていたのであるが、同日右公安委員会により警笛区間と指定された区間内に包含されたのであるから、右(ヘ)点が必要な場所であるならば「警笛区間」を表示する道路標識を設置すべきであつたのに、そのまま本件当時まで「警笛鳴らせ」を表示する道路標識が設置されていたのであつて、右道路標識は、昭和三五年一二月二〇日以後公安委員会の指定の処分の内容に添わない不適法な道路標識となつたものといわねばならないのである。

第四、道路交通法第九条第二、三項道路交通法施行令第七条によると、公安委員会の行う警笛を鳴らさせる区間の指定は、道路標識をもつてしなければならず、その道路標識は総理府令建設省令で定めるもので、その指定の処分の内容を表示する道路標識をもつてしなければ、その法的効力を生じないものと解すべきである。

第五、これを本件についてみるのに、本件当時被告人が警音器を鳴らさないで自動三輪車を運転通行した道路は、公安委員会が警音器を鳴らさせる区間として指定する旨告示されていたが、右処分に添う道路標識が設置されていなかつたものであり、右道路に存在した「警笛鳴らせ」を表示する道路標識はその効力を有しないものと解せられるから、結局本件当時第一(一)記載の道路は、和歌山県公安委員会が道路標識によつて警音器を鳴らさせる区間として指定したものということを得ないのである。

第六、したがつて、本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三三六条に則り、被告人に無罪の言渡をなすべきものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 巽仲男)

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